GameWith 今泉 卓也 × General Partner 村田 祐介

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国内最大級のゲームアプリサイト『GameWith』が本当に知りたいゲーム攻略情報が集まる場所として、リリースからわずか1年半で、月間6億PVを越えるメディアへと急成長を遂げた。社名には「ゲームを楽しむユーザーに寄り添う」という思いが込められている。

このサービスを立ち上げたのは代表取締役である今泉卓也氏。彼自身にも“寄り添う”存在がいる。インキュベイトファンドの村田祐介だ。「この2人でなければ、ここまで来れなかった」と、お互いを認め合う。出会いからは5年足らず。歩んだのは、まさしく“いばらの道”。「投資家と起業家」。その言葉の響きからは想像できない人間臭いドラマを、2人が振り返る。

突如始まった伴走

—よろしくお願いします。早速ですが、関係が始まった経緯を教えてください。

村田:はい。2011年の第2回インキュベイトキャンプ(起業家/投資家合同経営合宿)に参加してもらったのが出会いのきっかけでした。今泉さんはまだ大学生で、自分でサービス作ってたんですよね。

今泉:そうですね。動画を見ながらリアルタイムでチャットができるというもので、例えばYouTubeで「3秒地点を見ている」というのが同期されてブラウザ上でわかる。今でいう“ニコ生”ですね。特定のページに対して誰が見てるかが可視化されて、コミュニケーションができる仕組みですね。

村田:そのキャンプで、すごく覚えているんだけど、今泉さんとキャンプでペアになったキャピタリストがグロービスの今野さん(グロービス・キャピタル・パートナーズCOO:今野穣)。で、ものすごくスパルタにやっていたよね。草生えているとこでピッチさせられてるし、この人寝てないな、かわいそうだなみたいな感じだった(笑)。

今泉:そうでしたね。

村田:キャンプでの上位入賞者に出資、コミットすることになっていたんですが、僕のペアが2位になった。それで、キャンプ後に会社を作ろうという話になったんですが、創業メンバーを考えた時に、頑張っていた今泉さんに参加してもらおうと思ったんです。

今泉:「ゲーム制作会社作ろうと思うんだけど、ちょっと手伝って」みたいな感じでしたよね。

村田:CTOとして入ってもらいました。2012年8月末ぐらいにサービスをリリースしたんですが、その会社で今泉さん、倒れたんだよね。

今泉:「当時開発が僕一人で。まあ、激務でしたね。“常にリリース前”ってのが半年ぐらい続いて…」。

村田:その時は、社内でも「今泉と連絡取れません!」ってなって(笑)。いよいよやばいんじゃないかって思ったので、「まずは休んでもらう」と説得して、なんとか帰ってきてもらえたんです。

今泉:でも最終的に会社は上手くいかなかった。2012年ってちょうどアプリゲームが台頭してきた年で、その会社はブラウザゲームしか作らない会社だったのでどんどん厳しくなっていった。

村田:ネイティブゲーム作るべきじゃないかって議論されたり、チーム編成を20人30人にすべきじゃないかとか、最後の方はもうむちゃくちゃでしたよね。結局、人を呼んできても浮気してやめるとか、“脱走兵”が出るとか(笑)。

今泉:結局、その会社は解散しようということになりました。

村田:これ以上やるとみんな命が危ないから会社もストップしようって。で、会社清算までの手続きをホワイトボードに書いて、家具とかも僕の別の投資先に売って…。最後の何もないオフィスで、「解散!」って。

今泉:よく覚えてます。

村田:その後ですよね。オフィスを出て2人でタバコ吸いながら、「悔しいよね」、「リベンジしないか」、「じゃあ翌週にお互いアイディア持ってこよう」ということになったんです。ちなみに、今現在も続いている水曜日の定例会議はそれがきっかけですね。まずそこでアイディアを出し合って、その内の一つに「攻略Wiki」というものがあった。これならいけるんじゃないか、ということになりました。

思いを詰め込んだ“ピッチブック”

—そこからいよいよGameWithの立ち上げに向かうわけですね。

村田:その時に僕がヤフーの小澤さん(ヤフー執行役員:小澤隆生)に「ゲーム会社を一緒にやりたい」って誘われていた。小澤さんのところに2人で行って簡単な提案資料を見せて、「こういう会社やりたいと思ってます!」って。

—その時点で当初のサービスであるQ&Aや、現在のような記事コンテンツが並ぶイメージを提案したのですか?

今泉:いや、全くなかったですね。会社のロゴも決まってなければ、サービスのことも具体的には何も書いてはいなかったですね。あるのは「スマホゲームに攻略サイトが必要になってきた」とか、市場の厚さや背景みたいな情報だけでした。

村田:そこは僕たちには失敗した経験がありましたからね。でも、今振り返ると本当いい加減な感じですよ(笑)。大きなことも言って、とにかく小澤さんとやりたいんです!ということを伝えて。そうして「やろうよ」って言ってもらえたんです。

—でも、GameWithはサービスリリースから3ヶ月で1000万PVという結果を残した。その後は順調といった感じでしたか?

村田:いや、ちょうどのその3ヶ月ぐらいで停滞しているんですよね。その1000万PVが1月、その時の新たな資金調達が2〜3月で完了して、その時点で横ばいになっていて、伸び悩んでいた。サービスの転換を考えなきゃいけないなっていう時期になっていましたね。

—次のアクション、伸ばしていくための施策とは?

今泉:そこでQ&Aの作り方変えようかって話になったんです。よくよく考えて、当時のQ&Aの形って「ゲーマーである自分たちも使わないよね」ってなって、「記事」をやろうという方向性はそこで生まれましたね。

—現在のGameWithの形になったわけですね。ところで、2つの会社で関わり続けたお二人ですが、会社の成長につれて関係が変化したりというのはありましたか。

村田:方針をめぐっては、ある意味一緒に失敗した経験を持っているじゃないですか。その失敗経験をどう生かすかですよね。「ここには罠があるよね」とか、お互い持っているわけですよ(笑)。よく覚えているのが、資金調達した時に僕が「どんどんエンジニア雇おうぜ」って言ったら今泉さんに「いや、ダメです」って。でも、こういう判断も過去の経験があるからできたんだと思うんです。

—今泉さんから見て、関係性に変化は?

今泉:初期は、僕らがサービスをグロースするよりも村田さんのゲーム会社のコネクションでなんとかしていく部分がありました。それがだんだん変わってきて、「ゲーム会社とやる」のか「僕らでしっかりサービス作る」のかを決断する必要が出てきた。その時に村田さんに「今泉さんはどうしたいの?」って言われたんです。僕は「自分で価値を作っていきたい」と答えたんですけど、そのあたりから、僕も自分で決めていかないといけないんだな、という意識が強くなりましたね。

村田:サービスがリリースした当初はね、僕になまじゲーム会社の人脈があったので、それが相当足を引っ張ったって話です(笑)。

今泉:そんなことないですよ(笑)。

—その当時の例で言えば、村田さんは今泉さんの意志を信頼して、お任せしたと。

村田:信頼しているのもあるし。「プロダクトを磨くべき」という点は2人で腹落ちできた部分ありましたね。

山も谷も、共に越えてきた

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—お互いの印象について、まず村田さんから見て、今泉さんはどう映っていますか

村田:付き合いに歴史があるから、時期で印象の違いがあります。大学4年生の頃から知っていて、毎週会ってない人は「別人だね」って言われているよね。僕からしても初めて会った時から別人になったとは思いますね。でも、ものすごく切れる経営者のとこは持っていて、元々ストイックな人なんですよ。そこは一生変わらないと思う。どん底を知って、いろいろ経験できたことで、理路整然と判断するようになったと思う。あとはそれを速攻で実行できる人だと思いますね。

ーでは、今泉さんは。

今泉:僕も時期で違いますが、とにかく突破力がすごい。村田さんにお願いするとなんとかなる(笑)。最初の会社の時も、リスクをとって決断してくれる。僕が村田さんの立場だったら、ビジネスプランもないし「一緒にやろう。出資する」ってならないはずです。信じてくれる男気がある人だなと。ヤフーに話を持って行った時も、村田さんだからみんな巻き込まれていく、そんな印象がありますね。

—今後、会社をどうしていきたいか、展望を教えてください。

今泉:世界のIT企業と呼ばれるぐらいになりたいですね。日本の代表になれたらいいな、というのが「規模」の部分。事業については、僕はゲームが好き、そしてサービスとして攻略記事を扱っている。ゲームが上手いことが仕事になる、そんな社会にしていきたいと思っています。そのために、一般のユーザーとプロをつなげていく役割もあると思うんです。

村田:すばらしいですよね。僕はゼロから一緒に2人3脚でやってきたと思っている。一緒に失敗した経験があるというのは、成功体験よりはるかに大きい武器です。あのどん底の時代、一生ああなりたくないねって2人とも思っていますから(笑)。